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保福院

保福院

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管 長 様 の お 言 葉 

現在最も僧侶に求められているのは、
高圧的な態度で布教を行うのではなく

平等の精神で、

ともに汗を流して布教
活動を行う事だと思います。

そのためには徒弟教育に今以上力を
入れるべきではないか、と思います。

葬儀屋墓地に関する問題も近年注目
されておりますが、
              地域差も大きく、
また歴代の伽藍を守り続けてている寺院と

全くそうしたものを持たない、もしくは必要と
しないケースが
         全てひとくくりで論じられるのは
     いかがなものか、と感じています。

そうした時事的問題に対しても、
人々の声や世間の声に真摯に耳を傾けて

、宗派の枠を超えて問題意識を共有して
今後に生かしていく事が肝要と思います。

  ZENBUTSU2010年10月1日 より抜粋






いかに仏教の書物を読んで、
仏教の知恵が身に付いたとしても
、それは単なる知識であって
仏道はそこから起こってこない。


禅の修行はどんどん壁を作ってやるんです。

そこで、ぶつかってUターンせざるお得なくなる、
      そう言うUターンの体験と言う事が大切なんです。

中 略

壁にぶつかって
   猛烈な座禅して
     生きるか死ぬかと言う坂を越えて
        ああ、ここにい生かされていたわわいと、
                 気づかなければいけない。


宗教体験としての回心
と言うものがなかったならば、
真の宗教的な生活は始まらない。









寺院 運営 経緯、現状(伝法、晋山式の扱い)資料として。
( 深 沢 宗 仁 か ら の 見 方 、引 き 継 ぎ 者 へ の 資 料 )
以下の文章の内容については、区内のお付きあいがほとんど無いので、不確実な情報です。
(師僧との縁薄く、直接話される対象の寺では無い為)人の話の又聞きがほとんどです。
区内、内規(幻住派)での(伝法晋山式、師家より新命和尚に幻住派の法を伝える)の扱い不明。
国清寺末、(円覚寺派四区) 伝法式 は、円覚寺派宗制で言う所の、以下の部分と思われる。?
第190条、立班垂示式。⇒法系相続の儀式挙行。→その後、晋山式。
第191条、垂示式未履行による欠格。⇒区内に於いては対等の立場でない?。
第192条、略式開堂⇒×。伝法⇒国清寺末、(円覚寺派四区)に於いて、普応国師の法を嗣ぐ儀式。
行う事前提の行事(外部からの干渉介入拒否)?。本山円覚寺並びに、管長様も認めている行事、?。
衣、血脈、払子、等。師家(師僧より)五物を(弟子)新命和尚へ受けを渡す儀式。
⇒ 「幻々集」 暗記。 儀式の内容等が、記された、幻住派継承者が、前任者より引き継ぐ本。
協力関係寺院に引き継がれた、関係資料、対象者に配布。→DVD等の映像も参考にするらしい?。
衣(法)の引き継ぎ儀式をして、幻住派の法を嗣いだ住職として地域(幻住派)寺院の仲間に入る。
地域の問題解決、儀式を行った寺院中心に、慣例で合議で決定。 →宗制の扱い?。
衣(法)の引き継ぎ儀式(伝法式)が行われない場合は、幻住派の法を嗣ぐ事が出来ず、幻住派の僧の仲間には入れ無い、?。近年では、周福寺和尚(沼端氏)は晋山式のみで、(法類、興聖寺、養源寺。組寺、梅龍寺。相談?。)伝法式は行っていない。保福院宗仁、→師僧、(興聖寺、三宅氏)。法類(福聚院、高岩院)。組寺(徳隣院)。檀徒総代が、高岩院(黒石氏)に相談→、手順をふんで、師僧、興聖寺(三宅氏)にお願いしなさいとの事。?
総代が、地域の寺院へ何回出向き、相談で資金(伝法式の準備)を貯める事、決断したらしい。(弟子)保福院、宗仁の〈紫〉衣は、(師僧)興聖寺、三宅氏に(儀式の為に献上)渡してある、師僧の判断により、儀式が済まなければ(幻住派では、沙弥職同等、?)法階もあげられず、法階をあげなければ、紫の衣も着て法要儀式が出来ない?。→沙弥職同等の扱い?。師僧が、弟子(保福院)の伝法式を行う事を拒否した場合?。区内(幻住派)の内規では、他の者が保福院の衣も引き継ぐと言う事は、法を嗣ぐと言う立場になり、法〈衣〉を引き継がない宗仁は隠居する事になり、法を引き継いだ者がかつて、三宅氏が兼務していた寺、福聚院、保福院、に法を伝える立場となる?。 
※興聖寺、三宅一道師は法類である周福寺の伝法式を行っていない。周福寺は晋山式のみ行っている。
儀式を 伝える事により 地域の和合と 宗派の威厳が 保たれている と言う事 らしい。
伝法晋山の儀式をやらなくても、何の問題無く対等な関係でお付き合い出来れば〈隠居しなくて〉良いが、宗制に無い事で、色々対応を迫られ、慣例、→その都度の、合議で行われる為、問題が起きた場合の責任者不明。その事の、価値観の相違により、格差ができ、お寺や檀徒が、差別されないかを懸念している。
出来る間は住職を行い、地道に布教活動を行い、現状維持で生活する。

地域の慣例に従い〈資格無しとの判断〉出来なくなったら、法を伝えるべき兼務にお寺の事お願いする。
距離を置いた お付き合いになった場合の対応も懸念。色々な方に迷惑をかけている事をさっせられる。
今後まだ(環境が整っていない)心労をかける事〈伝法晋山式〉をあえてやろうとは思わない。
伝法式の意義か見えて来ない。
保福院檀徒総代は、寺院の代表として、色々な方に(田方寺院等)寺院の運営等を(宗仁の発言について、真偽確認の為)相談し、地域の寺院の仲間に入るには、伝法式を行わなければならないと言う事を聞かされて?、アドバイスされるまま、資金を貯め、その後の(田方寺院との)相談について不明。
この地域は、規則は建前、規則より慣例を重んじると言う傾向が強いと感じる。
手順をおってアドバイスされた通りに行った結果、(協力を得られない?、話が違う?)問題が行き詰まる。?  諸問題は丸投げ(書類を玄関に投げ渡して帰る)で後任者に引き継ぐ事になる。
※努力した結果が行き詰まり、著しく信心を失う結果になったのか。? → 丸投げ。?
今後の寺院運営優先順位。
① 寺院の存続。(色々の価値観があるが、檀徒参加により寺の維持が継続的に出来る体制を維持していく。)
② 布教活動出来る環境つくり。(色々な価値観があるが、檀徒参加による行事(布教)を継続していく。)
③ 自分の事について。(協力して頂ける方がある間は、現状維持の生活をしていく。)
地域の慣例と言うものに、その都度対応をせまられ、その慣例が都合により変わる為、
過去においての問題(色々の人の意見)をまとめきれず、現在に至っています。
住職としての慣例の為、権限が発揮出来ず、和合の為、妥協と黙認の結果の
言い訳しても、すべての責任は自分〈深沢宗仁〉にあります。
もりたてて頂いて、活躍〈布教〉できる環境がととのう。
檀徒の気持ちも、当方の気持ちも価値観も、その都度変化している。
管長様より、保福院役員に対して、寺院運営等についてお話して戴きましたが。

過去より根強い僧侶〈一方的な話が、代々語り継がれている。〉に対する不信感?。
寺院運営を護持会が行う。
すべて役員に任せろとの言葉通り(葬儀と法事以外)役員に判断に任せる事が和合であると妥協して来た。
(現実は、役員、檀徒に都合よい解釈で運営されているよう、⇒葬儀法要戒名の事についても介入するようになって来た)

檀徒が、自分達でお寺を守って行くとの姿勢は寺院運営する上ではプラスと思う。
布教活動するには今後さらなる努力が必要と思われる。

伝法晋山式を行ってから、寺院運営を護持会から引き継ぐ。

儀式を行うまでは地域では半人前?。
〈儀式をやって檀徒、地域寺院、に認められ、地域寺院の仲間になる。〉
寺院運営の基礎、慣例による幻住派の法式、区内の内規、規則の存在。
(内容がわかりにくい、対象者不明、拘束力が有るのか不明、罰則有るのか不明。)
慣例も、その都度、その時の都合(多数決意見)でかわる。?→ 解釈も変われば対応もかわる→矛盾が出てくる。
本来、寺院規則や宗制を中心に寺院運営をするべきと思うが、現状はそのように行かない。?
住職が住職(寺院の代表者)として地域で認められ、→宗制上の組寺、法類と宗制に記載されている立場で話ができる。
慣例で、住職が半人前との扱いの場合、役員の合議によって、管長様や宗務支所に相談して寺院運営する?。
護持会役員(檀徒の総意)と管長様の話し合い、護持会役員(檀徒の総意)宗務支所長との話し合い。
その事を後ろ楯として、(問題が起きた時は相談)寺院運営の方針を決める?。
現在問題おきても、組寺法類は介入してもらえず、 → 環境がととのはない。
(宗務支所長対応)

檀徒総代(宗務支所長のみ相談)、慣例優先、組寺法類と話しあい拒否(無視)?。
宗務支所長の言葉(意向)が田方寺院の総意と檀徒に説明?。
過去より根強い僧侶〈高圧的対応?。〉に対する不信感?。
過去より同じ事のくり返し今に至る。
檀徒総代(宗務支所長のみ相談)、慣例優先、組寺法類と話しあい拒否(無視)?。
なぜそのようになったか檀徒の思いは、相談者不信感による方向の変化?。
自分達には自分達の価値観がある。自分達の寺は自分達が守っていこうと言う気持ちが強い。
先祖代々お寺を護り続けて来ている。自分達の価値観認めてくれる者と相談する。
過去の不信感→僧侶の行い等に対して。
住職の言っている事は信じられない→手順をふんでお寺の問題を相談、法類寺院が檀徒総代の思いを受け止めてもらえなかった。管長様に相談しろと言われて出向くも、結果的に、総代が辞任する事になった。相談する相手を、兼務前任者、興聖寺三宅一道氏、宗務支所長、に変更?。
住職としては、お寺の問題は、法類寺院、組寺寺院、檀徒総代、住職と話しをしてほしいと発言。
伝法晋山式の事も、兼務前任者興聖寺三宅一道氏、宗務支所長、に相談した結果行う為の資金貯金を決定?。相談の結果?。平成25年までに伝法晋山式を行うように予定していたようである。
伝法晋山式の件、檀徒総代と相談相手との話がうまくいかず現在に至っているようである。

今の役員(平成19年)は過去の事として、〈過去の役員が行った事の対応〉取り合わない。
自分たちではなく、後の役員(平成20年)が判断するとの事。
文章の内容が、有る意味愚痴と解釈されると思われる。
今後とも、根気強く布教活動に努力するつもりです。
言い訳しても、すべての責任は 自分〈深沢宗仁〉に あります。どのような問題を対応してきたかの記録です。
過去より根強い僧侶〈高圧的対応?。〉に対する不信感がある為?、又は個人(深沢)に対する不信感。
希望通りに〈お寺を存続させる事が最優先、布教が優先、その後自分の事〉役員に寺の事任せております。
総代の選出は護持総会に於いて3年に一度、位階に関係なく順番回って来るらしい。

総代の立場と言うのは、  個人の意見では無く、  檀徒の総意 によって  発言 行動 しているらしい。
個人的意見で 住職よりの 発言や行動は、その地域で生きて行くには 生活しずらくなるらしい。

資料として、過去の問題についての経緯は下記記載、一部抜粋
自分なり(深沢宗仁)の過去の見方が記録されています。
臨済宗円覚寺派国清寺(伊豆の国市奈古谷)末寺は和合の為、
〈幻住派〉伝法晋山式〈儀式を行う事前提として〉を行わなければ、(中峰国師の法を伝えるだけの力が無い者、地域で法を伝えるだけの力が無いと認知された者)地域の寺院としては、一人前(伝法式をおこない師家より中峰国師の法を嗣ぐ者)、対等(仲間)として、あつかわない、との、慣例ありとの事?。

幻住派の法を尊重して、伝統を引き継ぎ和合を保ち、地域の慣例に従い、
地域寺院と同等な価値観の上で協力し合い、檀徒の信頼をえる為の儀式らしい。
行わないと言う事は、〈地域において〉同等な価値観で地域のお寺とお付き合いはしないと言う解釈。?
国清寺末は幻住派とし伝法晋山の式をしなければ、幻住派での地位は沙弥職同等との事。〈現在不明〉
関係者立ち会いで、 衣の引き継ぎ儀式をして、幻住派の法を嗣いだ住職として 地域寺院の仲間に入る。
衣の引き継ぎ儀式が行われない場合は、幻住派の法を嗣ぐ事が出来ず、幻住派の僧の仲間には入れ無い。?
興聖寺の弟子である。保福院、宗仁の〈紫〉衣は、興聖寺、三宅氏に渡してある、手順をふんで、保福院が幻住派の仲間に入る儀式が済まなければ、幻住派(圓覚寺派)では、法階もあげられず、法階をあげなければ、紫の衣も着て法要儀式が出来ない?。
師が弟子を一人前と認めなければ、→(師の協力が無ければ)儀式を行う事は出来ない。
(師の協力が無ければ、地域の寺院は)幻住派としては引き継ぎを認めない?、→協力もを拒否、?
当方が心労をかけたせいかも知れない → 〈興聖寺三宅一道氏は隠居してしまった。〉

法を嗣ぐと言う事がどのような意味をもつかによって、(法を嗣がない)寺院の運営にも影響が出てくる。
通常の 地域の寺院問題は (国清寺開山忌、施餓鬼の席の会合で) 地域寺院の話し合いで 決定する慣例。
慣例がどの程度の拘束力が有るのか不明。
後任住職が、興聖寺で伝法晋山式を行った時点から?、幻住派の法を嗣ぐ者となり、三宅氏に渡した、保福院の衣も引き継ぐと言う事になる。衣も引き継ぐと言う事は法を嗣ぐと言う立場になり、
法〈衣〉を引き継がない宗仁は(地域寺院の価値観により排除される対象?)隠居する事になり、
興聖寺の法を引き継いだ者が、かつて、三宅氏が兼務していた寺、福聚院、保福院、に法を伝える立場となる。? → 慣例では次の福聚院、保福院兼務候補は伝法晋山式後の興聖寺和尚、、、。と相談?。
慣例で、 何れは檀徒と話し合い、
後任の興聖寺和尚は福聚院、保福院の(前任者、興聖寺和尚は檀徒の気持ち理解、負担が少ない。)兼務住職となる見込み。
儀式を伝える事により地域の和合と宗派の威厳が保たれていると言う事らしい。

二十三歳ノ時、第一回ノ改革提案スルガ、役員拒否、ソレニ先立チ庫裏建テカエルガ、
檀徒個人ノ寄付負担ハ一円モナシ、この件についての責任役員議事録以下の通り
責任役員議事録
日時 昭和五十七年一月二十日 午後七時零分 場所 寺院事務所
出席者 代表役員 三宅一道 責任役員 梅原一衛 土屋富雄 萩坂一夫
定刻代表役員 三宅一道は、議長となり開会を宣し、本会は適法に成立した旨を述ベ、
下記の議案を附議した。 議案 庫裡立て替えに関する件。
議長は当院境内建物が昭和三十三年、狩野川台風により流出され、昭和三十五年五月古い建物を解体移築し、以来二十二年間屋根、周壁の修理を重ねながら今日に至っている事を説明し、
現在は修理不能なまで老朽化している為、建て替えたい旨を議場に諮ったところ、満場一致をもって賛成可決した。
費用は普通財産及び臨時寄付金。 工事業者 は 町内 株式会社 佐藤工務店 。
以上をもって審議を終了したので、議長は閉会を宣し、 午後七時四十五分解散した。
上記の通り決議を明確にするため、議長及び、出席責任役員、は次に記名押印する。
昭和五十七年一月二十日 議長(代表役員) 三宅 一道 印
責任役員 萩坂 一夫 印 責任役員 土屋 富雄 印 責任役員 梅原 一衛 印
上記は原本と相違ありません
※ 深沢せい名義の土地を深沢喜代子相続、庫裡に永住する事条件→保福院に寄付、土地売却庫裡建設資金にあてる。
※疑問点、費用は普通財産及び臨時寄付金。と書いて有るが(寄付金名簿が存在しない。?)
伝法晋山式は先送り→財産引き継ぎはしない?。寺院財産管理、寺院運営は護持会中心で行う。

三十三歳ノ時、第二回ノ改革提案スルガ、役員拒否。。
本山よりの調査が来たとの事、総代対応せず→対応は土屋忠一氏、佐藤実氏が対応との事(会話の内容不明)総代梅原一衛氏、山本義男氏辞任。住職は管長様から頂いた名前(宗忍)返し、改名届け出し名前(宗仁)変更。本来住職含め連帯責任である。
(役員の辞任ついては、→なぜこのようになったのか、檀徒に説明しなくてはいけないが、法類寺院、高岩院黒石和尚にも迷惑がかかる為、説明せず?)、
↓↓↓↓↓                (総代相談→法類高岩院、黒石和尚→足立管長に相談するよう総代に話す→総代足立管長に相談に出向く)
檀徒総代、梅原一衛氏。護持会副会長、土屋忠一氏。両人死亡、並びに責任役員、山本義男氏死亡。
上記の件について、護持会側の記録は議事録に記載されていると思われる。
規則にそって法類に相談、法類より管長様に相談するように話され、上記の結果となった?。
以後、総代はお寺で問題が起きたとき、相談は法類では無く、宗務支所へ行っているようである。
経過 
平成二年一月十四日、檀徒総会、早い時期に本山(鎌倉円覚寺)へ(筆頭総代梅原一衛氏以下)総代が(檀徒の総意として)新年挨拶がてら参上し、老師(足立大進氏)の勘弁を借りたいので都合などを問い合わせる
平成二年二月七日
二月七日(水)九時十五分、総代とともに本山に出向く。総代本山に行かずに直接管長宅に出向く。当方本山に挨拶後管長宅に出向く。総代と管長の話し合い当方同席せず、本山挨拶終わって、当方管長に挨拶、管長一方的に当方に話され、(総代には強い意志がある、檀徒の総意→場合によっては、住職、母、寺から追放、総代にすべて任せろ)過去より現在まで、僧侶に対する根強い不信感。
 ↓      ↓     ↓               ↓          ↓  
保福院役員が管長様に、新年の挨拶に出向きたと言う事で、(法類黒石和尚の話無視出来ず)不本意ながら〈深沢宗忍の事で、保福院総代が、高岩院住職、黒石和尚に相談、→管長様に相談したらとの事らしい。→総代→本山に2月7日出向く事決定?。〉役員共に管長様に新年の挨拶に出向く。宗忍〈住職先に宗務本所に挨拶〉が管長様に挨拶行く前に、直接、檀徒総代だけで、管長様に、檀徒の総意として話しをしていたらしく、その席(総代が困っていると言う事を話した後)に宗忍が出向いた時、
管長様の話は、(言い訳無用、釈明も出来ず、総代の言うと通りにしろとの事)役員同席デノ意見発言ナノデ、住職中心デ寺院運営ハ、(管長様のご意向、寺院運営、役員に任せろ)無理トナッタ。
※、管長様は、総代に責任持って任せる事で、 過去より根強い僧侶〈高圧的対応?。〉に対する不信感?。
問題解決はかろうとして下さろうとしたようである。
総代は以後、管長様の言葉を(たてに)、護持会中心の寺院運営となっている。
以後数回、うちわの問題を(役員の思惑、保身の為)規則を無視し、手順をふまず、鎌倉に出向き、一方的に話しをし、管長さんに迷惑かけたらしい。
繰り返し迷惑かけない為に(護持会中心の寺院運営)妥協した。 
問題が起こるたび、出向かないでくれと話しても、縁が出来てしまうと、辺り構わず出向いて自分達の主張を貫こうとする。
このような慣例が出来た事は → すべては自分の責任と思っております。
七月下旬、管長様より連絡。檀徒の総意直訴→こちらもかばってやるにも限度があるとの事。→〈檀徒と和合〉
平成三年七月総代―お寺の財産管理上、深沢晋のハンコではまずいので、代表役員のハンコつくれとの事〈護持会管理〉。過去より根強い僧侶〈高圧的対応?。〉に対する不信感?。
七月二十二日午後四時、役員会、全員出席。総代よりこんな坊主、いなくよいと、言う意見もあると発言。(萩坂総代)
七月二十六日、午後一時半、韮山、高岩院、黒石氏宅に行く、総代四名と当方。
当方は行きたく無かったが、総代の強い申し出により出むく。
(管長様との話内容→護持会で寺院運営を任された事報告?。→護持会で寺院運営→法類寺院も承諾してほしい?。)
今後も護持会で維持運営の報告。管長様から話された事の報告?。伝法晋山式は先送り→財産引き継ぎはしない?。
平成三年八月四日梅原一衛氏(責任役員と檀徒総代辞める)辞表を出す。

資料、第四区〈円覚寺派〉内会議、平成14年5月16日午後7時於宗務支所〈長徳寺〉。
寺班調査の経過と今後の作業。
寺班決定は昭和27年に決定され、50年を経過し実情との食い違いが生じて来た。
〈内容一部省略〉各寺の実情を考慮し、大幅な寺班の昇格も可能とする。
〈都市部の等地が低くても収入が多い寺、→宗費が安すぎる。
→寺班調査委員会で査定して、等地を上げて負担金を上げる〉
各支所に持ち帰り再度調整し平成14年7月19日までに本所に提出。
寺格を上げたい寺。①歓喜寺2等地→1等地に請願。②開田院2等地→1等地に請願。③臨江寺4等地→3等地に請願。④大寶寺5等地→3等地に請願。⑤修禅院5等地→3等地に請願。⑥香徳寺6等地→5等地に請願。
寺格を下げたい寺。①徳隣院、1等地→2等地に請願。②周福寺1等地→2等地に請願。③養源寺3等地→4等地に請願。
(福聚院3等地、保福院5等地、特に請願無し。⇒現状維持。
福聚院と同等な寺→区内の寺格3等地寺院は、①高岩院(奈古谷)、②福聚院(関野)、③養源寺(柏谷)、
④梅龍寺(梅名)、⑤東光寺(上沢)、⑥臨江寺(上沢)、⑦大寶寺(塚本)、⑧長昌院(長崎)、⑨修禅院(柏谷)。
宗費の収入及び地域格差は収入割を取り入れる。宗費は寺班割、法階割、収入割、をポイントとし、各同率比率〈33.3%〉とする。収支決算書の提出を求め4年に〈平均値を算出〉を目途に見直す。
平成14年7月26日の委員会で最終調整し定期宗会に答申、宗会で可決されれば実施。 
以後、寺院運営の色々な件について、(檀徒の総意、責任→総代は責任をおわない→檀徒連帯責任?。)
意見の相違、(根本的な見方の違い)矛盾点が多数出ているが、住職の判断でその場しのぎ対応となっている。
総代が決めた、寺格等地の、寺なのだから、(寺格等地としての檀徒が支える義務がある。)
それなりの寺院収入布施、寺院維持負担、本山に納める負担金、地域との関係負担金。
(同一地域、同一等地同一価値観、同一負担。)同等な基準のお布施、規模に応じて維持負担金、周りの寺院に(負担が多いのにお寺の為に檀徒が協力している。)配慮した対応をして頂きたい、価値観の共有。保福院、法類寺院、組寺寺院、檀徒総代の話し合いにより、(寺院運営についての現状、等地相応のお布施等、お付き合いする時の条件、負担金の割当)話合われる事になっているが、(檀徒と住職及び関係寺院の意見の相違が有る為、間に入った総代は困るとの事)話合われていない?(総代は宗務支所には出向いて話をしている→本山の出先機関、相談、護持会中心で寺院運営を行う事を容認の為、保福院住職、法類寺院、組寺寺院、檀徒総代の話し合いはない、)。
◎四区三等地○○院布施規定抜粋、平成十四年十二月末日。世話人、住職名前列記、記載省略
現時点での当寺を取り巻く経済的に厳しいものがある事を痛感した為、役員一同としましてはこの問題に関しまして、経済的基盤を少しでも周辺寺院に近づける事によって、菩提寺の将来的安定を考えどうしても皆様に今迄以上のご負担を強いる事になりますが、何卒ご理解の程をお願い申し上げます。
平成十五年一月一日より施行と致します。
寺院(本堂)葬儀の布施(僧侶三名)。
院号、78万円以上。居士、57万円以上。上座、47万円以上。信士、37万円以上。
法事供養の場合 院号布施等、五万八千円以上。居士布施等、四万八千円以上。
上座布施等、三万八千円以上。信士布施等、三万八千円以上。
付  届、院号、三万円。居士、二万円。上座、一万円。信士、五千円。
護持会費、院号、二万円。居士、一万円。上座、五千円。信士、五千円。
保福院、福聚院兼務住職、法類、組寺上記規則承認する。(協定)
福聚院を兼務する場合は(寺格三等地)上記布施規定適用を条件とする。

福聚院役員、保福院役員に経済的基盤と菩提寺の将来的安定の為規則改正協力をお願いする。
保福院役員からは今後改正を目指すとの事(萩坂総代)。
※ 保福院(寺格五等地)は福聚院(寺格三等地)に従して位階の規則を目標とする。(葬儀布施は別)
地域の関係寺院の話しあいの結果協定の基準が出来た。(協定は存在しないが建前、)
平等な立場(同等な)価値観を持つ者どうしがお付き合いするのが自然。

四十四歳ノ時、第三回ノ改革提案スルガ、拒否、十年後先送りとの約束。
保福院役員会 平成十七年十月五日 資料抜粋。
1、保福院現在の収入
①護持会 会 計、2、339、346円。②特 別 会 計、8、065、740円。
③六 仙 会 計、1、155、971円。④晋山式特別会計、1、560、030円。
合 計 金 額 、13、121、087円   
晋山式について(平成25年の予定)。⇒ 檀徒に負担が掛かる事で有るが、何のために式を行うのか総代より説明する。
田方寺院と相談の結果儀式を行う事ととなった。→相談寺院不明。
手順、①基本資金を貯める。②基本資金が貯まったら檀徒総会で儀式の時期等を検討。→三宅氏、宗務支所長、相談?。
③総代と保福院関係寺院と話し合いを持つ(檀徒と総代の心構えを話す、儀式の協力をお願いする)
④総代、住職、関係寺院住職挨拶⇒区内寺院に向けて儀式を行いたいと報告、協力をお願いする。
教義の発展の為、檀徒、総代が住職、寺をもり立てる。地域寺院と共存に協力する為のきずなをつくる。
萩坂総代の話
晋山式をやり田方寺院と対等な立場となれば負担が多くなると話す。
※ (現状)保福院収入の不足分を外部の協力をえて寺院運営している。
住職負担は増え、檀徒の布施減り、外部の協力も徐々に難しくなっていく。
晋山式(平成25年)以後は、檀徒の協力をえて、寺の経費を檀徒の布施でまかなう。
平成十七年に萩坂総代が役員に話した事を、役員がどう受け止めて来たのか不明。

平成十九年一月七日会合午前十一時、総代四名、(土屋会計)集合。
一月四日に(檀徒全員に住職の気持ちと今後について記載)配布したプリントについて、梅原総代より役員に相談ないとの事。檀徒に配るのは紙の無駄。との事。萩坂総代より管長に相談に行く、宗務支所長、高岩院とは話し、しない
名目集金について質問、名目事業をやらない場合はどうするのか、集める資金の名目は変更せず。
檀徒に対する詐欺行為では、そのときはやってもよい(萩坂氏)との事。
外部の協力なれば無理と思いますが、→、(今は)式をやらない)(萩坂氏)、(自分の後の人の判断)やるかも知れない。
総代と相談者との話の内容、その事、檀徒に話せば良いと思います。(総代は責任おわない、檀徒の連帯責任)
伝法晋山式は先送り→地域では、正式ナ住職トシテ認メナイト?。財産引き継ぎはしない?。

(◎ 護 持 会 長 萩坂氏 問い合わせ内容〈抜粋〉
深沢住職様
保福院の運営につきましては、色々と住職として運営上の問題、私生活等悩みが多いとおいます。
住職としては社会的価値は高いですが、以下失礼とは存じますが、私の考えを申し上げます。
家庭内でご相談し、出来ればご返信下されば幸いです。
① 晋山式平成二十五年までしないと檀家、又は社会的にも信用されず理解を得られないと思いますが、住職の考えを
② おばさんには隠居してもらうよう役員にて話し合う。
護持会長 萩坂俊春 平成19年9月末日 )
上記に対する返信。
◎ 護 持 会 長 萩坂俊春氏 問い合わせ 
(質問平成十九年九月下旬)に 対する 返 信 。
①晋山式平成二十五年までにしないと檀家、又は社会的にも信用されず理解を得られないと思いますが、住職の考えを    
返信、住職の考えとしては現状維持が望ましい。 社会的に信頼得られてから
(寺院運営の資金に不安あり、基礎が出来てから、寺院運営の基盤を整えて貰いたい) 今後検討
② おばさんには隠居してもらうよう役員にて話し合う。〈みんなが隠居をのぞんでいる。〉
返信、質問の意味がわかりません。
※ 昭和五十七年一月の約束では母親は庫裡に永住出来る事条件に個人財産売却、庫裡建築資金にあてる。
私としては安心出来る空間と安全な安定した生活出来る事望んでいます。
   最 終 的 解 決 は 時 間 しかないと 思われます。
                       平成 十九年十月 日 保福院 住 職 深 沢 宗 仁

平成十九年十二月七日、十二月二日付けの文章、梅原氏(檀徒総代)護持会で決定した事として、
役員会(十二月二十三日)の開催と檀徒総会(一月十三日)の案内、持ってくる
十二月二十三日午後住職不在の中、役員だけ集まり役員会開く。
以下の文章おいて行く。
深沢住職様
役員一同 十二月十三日
1、初集会について話し合う、別紙通り
2、平成二十年以降の護持会役員と檀徒総代は今のままでは決定しない住職の考え次第である。
3、付け届けは住職に手渡す。
4、役員会では最終的には本山足立管長と話し合う。
以  上
※ 過去において役員のつよい意志で管長様の心動かし(檀家と住職のどちらかの意見取れと、要求、総代と住職の間に挟まれ)管長様に迷惑かけた。〈総代は檀徒と住職の間に挟まれて困っている。との事?〉
行かないでくれと言っても、総代が本山に出向いているようである。
上記の結果、住職は管長様に迷惑かけられないので、総代のご意向に従う。
※ 寺院関係のお付き合いもなるべく自粛。→接点が出来ると一部の役員が出向き、その寺院に迷惑かける恐れ有り。

護持会総会、平成二十年一月十三日、住職不在でも行う、(変更せず)みんなで決めたことと。
みんなが決めたとに住職が従わないことは問題である。住職不在でも慣例で会合は決行している。
一月十三日国清寺開山忌出席中に総会を開き決定、護持会長がお寺の代表、まとめ役、護持会長中心に寺院運営との事。寺院運営は住職が決める事ではない、みんなで相談してみんなで決める事、みんなの代表が護持会。
住職中心で゛寺院運営と発言するも、協力はえられないようである。十三日護持会、会合終了後住職出席、発言。  
内容一部のみ下記記載。役員―今後の寺院運営をどうするのか、住職―意見は文章で配布した通りと回答。
役員―口頭で話してほしい、住職―文章見ていただき出来る事からお願いしたい。役員―住職が護持会長に話しをしに出向き、護持会長がみんなと相談して決める。住職が護持会長に話しをしなければ話しにならない。
住職―色々経費かかるので、経費負担(宗費、関係寺院香資、お祝い等)と、田方の同一宗派、同一等地並みに、お布施の値上げをお願いしたい。檀徒―みんなで決めた金額〈平成二十年一月十三日、田方郡下寺院の定めたもの?〉でとの事。
住職―地域寺院との付き合いがあるので負担の協力お願いしたいとの発言に対して、
役員―(負担かかるなら、呼ばなくてよい、行かなければよい)住職の問題、檀家や役員には関係ないと回答。
住職―組寺法類を入れて話したい、役員―こちらの問題に、よそ様は介入受け入れない。
住職―他の寺と話して、自分たちだけの価値観変えてもらいたい、役員―話さない。ここにはここの慣例がある、田方の事はここでは通用しない。三枝氏(護持会副会長)住職は間違っている、住職が考えをあらため、檀家にかわいがられるようにすれば、もらえるお布施も、千円が二千円にあがる。坊さんを檀家が養わなければいけないと規則にかいてあるのか?。檀徒より色々な意見があったが、住職としては、現状維持でよいと回答。檀徒よりそちらがよくても現状維持ではこちらが、こまるとの事。相手の出方により妥協点をどうするかが、今後の問題。
一月二十四日午前中、梅原氏、総会で決まったと役員名簿もって来る。
当方は任命しておらず任命者は不明、檀徒合議(十三日の護持会で)による決定らしい。
今後の役員会には相談役も出席して行うとの事。持って来た名簿には相談役との役職が記されているが、どのような役職で、どのような権限があるか不明。話し合いで解決出来ない場合、理由がどうあれ、たいがい住職が負け、檀徒が勝。
(住職の追放と、檀徒に都合よい兼務和尚の入れ替え要求)組寺法類は(檀徒に都合悪い場合)排除、必要な場合兼務住職を通し(檀徒の総意)、管長さんに、新しい組寺法類をお願いする(管長の意向)手続きする。問題出来た場合、関係した和尚の責任で自分(役員)たちは責任無し。本山に自分たちの意見通る(檀家は無傷)との気持ちあるらしい。
関野福聚院では過去において檀徒の直訴、総意(住職に内緒で本山に出向く)により、
本山がその総意を取り上げ、住職が追放〈住職横井氏は、悔しと言ってさって行ったとの事。〉になっている。
平成二十年に住職深沢宗仁は、今後の寺院運営と生活について、住職の立場として記録文章を残す。
こんな住職〈深沢宗仁〉はいらない→檀徒に負担がかかる。
住職〈宗仁〉解任して、塚本、興聖寺、三宅氏に兼務〈負担がかからない?〉をお願いするとの意見もあるとの事。
態勢がととのうまで、〈伝法晋山式をした僧侶が正式な住職?〉住職抜きで、寺院護持運営となっている。
平成20年4月17日、宗務支所に出向くとの事、幻住派の寺院として、区内内規、今後の住職の扱いについて。
平成22年4月6日午前六時臨江寺へ、長徳寺の車で円覚寺へ、円覚寺管長、退山入寺式午前十一時、円覚寺本山にて。
総代が何度となく本山へ出向き迷惑をかけた?。足立管長、退任する。(総代、出向く理由がなくなる。)
平成22年4月17日、保福院総代、宗務支所長等に相談に出向くとの事。
幻住派寺院として?。今後の住職の扱いについて?。
円覚寺派の宗制に無い事で問題が起きている。その事を宗制に無いかたちで処理する傾向がある?。
平成24年12月22日の保福院役員会の前に護持会長より(初集会の件)意見を聞かれる。
晋山式資金の扱いの件。晋山式は条件がととのわないので現在に至る、今後の事は役員が検討する。
平成二十五年に晋山式やるには、半年前に話し合い、関係者に挨拶に行くのが慣例。
役員の晋山式の準備の反応まったく無し?。儀式を行うと言って、理由を説明せず、行わない事は関係者に迷惑をかける。
保福院で経費が出せなければ興聖寺和尚に色々な負担がかかる可能性がある。
平成二十五年に伝法晋山式をやった後、護持会からの要求改善?。
住 職 の 発 言 ⇒(伝法晋山式やらなくても改善して貰わなくては困る。)
① 住職は護持会のする事に口を出さない事。お布施は檀徒の判断で出す。
② 外部からの意見、介入は(葬儀の役僧以外、規則、近隣寺院お付き合い)受け入れない?。
③ 寺院運営は護持会で決定。 護持会長が寺院の代表として、財産を管理する。
④ 直接檀徒に関わらない費用は住職負担。(寺院の付き合いにかかる費用等、) 自分の生活費は自分で稼ぐこと。
保福院葬儀布施等平成二十四年以降。(抜粋)
葬儀、斎場、三十万円~総代(例、萩坂氏等)は七十数万円位(戒名は授与)。 
本堂、遺骨葬儀(通夜無し)十万円~(戒名授与)。※平成二十四年度は、山邉氏、日吉氏、温井氏が本堂で葬儀を行った。
斎場、役僧一名八万円。初七日忌一名一万円。車代一名五千円。食事代一名五千円。
保福院本堂、役僧、一名七万円。初七日忌一名一万円。車代一名五千円。食事、現物支給。
住職代務者葬儀布施、二十万円。通夜布施、六万円。初七日、三万五千円。車代一日、五千円。
戒名は住職より授与する。
檀 徒 の 功 績 に つ い て 。(保福院は五等地、)各檀信徒が位階相当の負担をして寺を護持しているので協定の布施金額は黙認。(葬儀布施の場合、)
(院号、78万円以上。居士、57万円以上。上座、47万円以上。信士、37万円以上。)
葬 儀、 斎場、三十万円以上~(戒名は授与)。  本堂、十万円~(戒名授与)。
お布施は寺を護持する為に使う。護持会員、(約40戸)晋山式名目(檀徒の気持ちとして)で五百万円集めた。
付届、(年四回)年賀(ほぼ全員)、棚経(ほぼ全員)、施餓鬼(ほぼ全員)、を頂いている。法要も、ほぼ全員に協力して頂いている。(役員が檀徒に協力をお願いしてくれるので助かる)総代(土屋氏、梅原氏)が月一回の割合で、墓地と境内地の掃除を無償で行ってもらっている。護持会が護持会費等を(住職に代わって)徴収して以下の事業を行っている。護持会会計平成二十二年度、残高、二百八十六万九千八百十二円。六仙山会計残高、壱百七万七千九十円。特別会計残高、四百二十万二千百五十八円。
晋山式特別会計残高、四百十六万五千六百二十八円。支出、庫裡修復(九十万四千四百十七円)、山門修復(八十二万円)、本堂修復耐震工事(五百三十八万二千九百六十一円)、本堂屋根塗り替え、墓地造成(①九十八万三千五百円②百八十万円)、参道の修復(百五十五万千九百円)、階段工事(九十六万円)等。行い、面目を一新した。
       2  0  1  3  (  平  成  2  5  )  年     
1月3日、函南町塚本、興聖寺(保福院前兼務住職)さん来山。近くに来たとの事で、雑談して帰る。
寺院の運営について色々話す、(内容省略)お寺の事について、すべての責任は(役員や檀徒では無い。)住職である。
晋山式の件、保福院の諸問題、福聚院の諸問題、前任者に兼務をお願いしたい。?
9月2日、国清寺施餓鬼午前11時、参加者、15人位。区内寺院、本山提出書類提出。宗務支所長欠席。
塚本、興聖寺(三宅一道氏)よりお話。近い内にお寺を出たいとの事、後任者はいないとの事。誰かにお願いしたいとの事。
長昌院さんの発言。⇒興聖寺さんの弟子に保福院さんがなっていたんじゃないですか。
興聖寺さん、⇒書類上はそのようになっています。と回答。
大宝寺さん、臨江寺さん。⇒とにかくそう簡単にはやめられない。へんな前例を作られてはこまる。
法類、組寺、檀徒役員も交えて話し合い。
退任の事、退任に伴う退職金の事、後任の事、その後、地域寺院に話しをするべきである。
僧籍をどうするのか、後任者に引き、継ぎ退任するには退任式をしてけじめをつけるべきである。
興聖寺さん発言。⇒大宝寺さんからお話がありましたので、そのようにしたいと思います。
後任住職に心あたりある方(推薦出来る方有りましたら)はよろしくお願いします。
※ 興聖寺、三宅一道氏に深沢宗仁、伝法晋山式の事もあるので、(式をして、法階を上げなければ着られない)
紫の衣を献上する。〈衣を渡す時は、お寺を出る事を聞いていない〉
今後、保福院伝法晋山式も予定されている為、儀式法要で使用して頂く為、
〈儀式法要、深沢宗仁は黒の衣を使用〉幻住派の儀式、伝法晋山式では興聖寺和尚の立場と責任は非常に重くなる。
〈紫の衣は伝法晋山式をして師匠、三宅氏から、衣(法)を引き継いでからの使用となる。?〉
 2  0  1  4  (  平  成  2  6  )  年     
1月13日、国清寺開山忌、午前11時。
行事終わった後で(本堂にて))   
④塚本、興聖寺 三宅 一道氏(福聚院、保福院、前、兼務住職)本年春に寺を出て奥さんの娘の家に、移住するとの事。
詳細不明、長昌院さんからしっかりけじめの意味でも、退山式(興聖寺は1等地、変な慣例をつくって出ていって貰っては困る。それを手本にされたら、区内のお寺が迷惑する。)を行うべきとの意見。 
 大宝寺さんと檀家、関係寺院で相談するとの事。
( 退職金 の 件、 慰労金 の 件 も 検討 )後に入る 人の 事も 考えた 対応。
21日、塚本、興聖寺(三宅氏)より電話。 都合の良い日に来てほしいとの事。
22日、興聖寺へ出向く。2時頃、(興聖寺、三宅一道氏は、深沢宗仁にとって、大変重要な人物である。)
三宅氏は、深沢宗仁と師弟関係にあり。福聚院並びに保福院の兼務、前任者である。(深沢宗仁には)規則と儀式の(晋山式等)伝統引き継ぐ為の後ろ楯、後見人(興聖寺隠居寺を出る。徳隣院入院中、復帰は困難?。)が誰もいないと言う事になる。  福聚院兼務についての確認。興聖寺さんより引きついたのは、兼務住職は葬儀法要の件のみ。
財産管理は 護持会のまま引き継いだ事、 確認。 (興聖寺さんも財産管理を護持会に任せていた。?)
昔は合同で法要を行っていた。葬儀は他檀家もあるので頼まれた葬儀のみ行った。今後の葬儀法要は、兼務の判断で行って良いと思う。との事。(何でという意見が増えて来た。何で法要やらなければいけない、何で葬儀頼まなくてはいけない、護持会に会費を納める義務は聞いている。護持会費は納めている。個人として葬儀、法要の契約はしていない。墓地を使用している他壇徒の人も、兼務に葬儀も法要も依頼していない。→その言い分が通ると、兼務は葬儀法要を行う為で無く、不備が有った時、責任をとる為の立場。色々な価値観も有ると思いますが、兼務として、檀徒に対して、色々と協力をお願いする。)葬儀等の協定については関係寺院で決めているらしいとの事。上記の件、関係寺院に話しをしてもらいたいと(三宅氏に)話す。その件にはふれず、三月末に寺を出るとの事。当方との(保福院、福聚院)関わりは迷惑と言う事かも知れない。→ 当方の立場を いずれは 誰かに 引き継がなければ いけない。
塚本、興聖寺和尚、三月末寺を出る。(保福院深沢宗仁との師匠として縁が切れる?。)現在の寺院名簿上は、興聖寺兼務、福田誠一。興聖寺閑栖(隠居)、三宅一道。となっている。 兼務住職引き継ぎの場合、関係寺院立ち会いで、すべての財産を点検して引き継ぎを行う。不備があった場合、手続きに従い対応する。色々な諸事情により、関係寺院、と檀徒の話し合いが出来ていないのが現状、問題の責任は、すべて兼務住職に押し被される状況。
9月2日、国清寺施餓鬼、午前11時。行事終わった後で(本堂にて)塚本、興聖寺 の件塚本、興聖寺に 本年12月より、後任住職予定の(名前省略)氏が、看護として着任予定との事。今後本山にて儀式を行い住職として興聖寺の住職に拝命される見込みとの事。本年12月中に、各寺院に挨拶に廻る予定との事。
 2  0  1  5  (  平  成  2  7  )  年     
1月13日、国清寺開山忌、午前11時。行事終わった後で(本堂にて)   塚本、興聖寺 の件
塚本、興聖寺に 昨年12月?より、後任住職予定の(名前省略)氏が、看護として着任したとの事。今後本山にて儀式を行い副住職として。⇒興聖寺の住職に拝命される見込みとの事。後日、各寺院に挨拶に廻るとの事。
※ 疑問、興聖寺住職が存在しないのに、副住職になる事はあり得ないと思う。
→法階を上げなければ住職にはなれない、。看護なのに副住職言う表現は疑問。
区内内規での(伝法晋山式、師家より新命和尚に幻住派の法を伝える)の扱い不明。
⇒ 行う事前提の行事?。
衣の引き継ぎ儀式をして、幻住派の法を嗣いだ住職として地域(幻住派)寺院の仲間に入る。
衣の引き継ぎ儀式が行われない場合は、幻住派の法を嗣ぐ事が出来ず、幻住派の僧の仲間には入れ無い。? (⇒儀式を行う価値が無い、劣っている僧侶。? ⇒存在が無い者として扱う?。) 
保福院、宗仁の〈紫〉衣は、興聖寺、三宅氏に渡してある、儀式が済まなければ法階もあげられず、法階をあげなければ、紫の衣も着て法要儀式が出来ない?。
他の者が保福院の衣も引き継ぐと言う事は、法を嗣ぐと言う立場になり、法〈衣〉を引き継がない宗仁は隠居する事になり、法を引き継いだ者がかつて、三宅氏が兼務していた寺、福聚院、保福院、に法を伝える立場となる?。
 儀式を伝える事により地域の和合と宗派の威厳が保たれていると言う事らしい。

伝法晋山の儀式をやらなくても、何の問題無く対等な関係でお付き合い出来れば〈隠居しなくて〉良いが、国清寺末、幻住派継承寺院に於いては、宗制では無く慣例(合議)により対応するらしい。?
その事により、価値観の相違により格差ができ、お寺や檀徒が、差別されないかを懸念している。
距離を置いた お付き合いになった場合の対応も懸念。色々な方に迷惑をかけている事をさっせられる。
こちらは、お膳立てして頂いた上に乗っている立場、直接色々言える立場では無いが、
今後まだ(環境が整っていない)心労をかける事〈伝法晋山式〉をあえてやろうとは思わない。

三宅氏は保福院は、伝法式は行わなくても良いとの判断。?法類、徳隣院、黒石師は三宅師にお願いしなさいとの事、
総代は総代の立場(お寺の事すべて任された)で関係寺院に相談したらしい。→宗務支所?。
法縁寺院、長昌院、高岩院和尚は伝法式の事何も相談も、協力も、話さえ、されていないとの事らしい。

当方の立場はかやの外である。
檀徒総代が、檀徒の総意として(興聖寺和尚、宗務支所長等)色々な方に相談して来た結果が現在と思われる。
この地域は、規則は建前、規則より慣例を重んじると言う傾向が強いと感じる。いきず待った、諸問題は丸投げで後任者に引き継ぐ事になる。
この問題が現状維持のままでいてくれれば良いが、〈伝法晋山式〉をあえてやろうとは思わない。と発言した場合、この事が(地域寺院より、伝法式を行う事、強要)むしかえされて、
新しい総代が、対応に苦慮し、色々な方に、伝法式について(慣例)相談。
⇒迷惑をかける事になる事懸念。宗務支所長⇒?。円覚寺宗務本所⇒?。管長様に直接相談⇒?。 
出来る間は住職を行い、地道に布教活動を行い、現状維持で生活する。
地域の慣例に従い〈資格無しとの判断〉出来なくなったら法を伝えるべき兼務にお寺の事お願いする。
今後の寺院運営優先順位。
寺院の存続。
(色々の価値観があるが、檀徒参加により寺の維持が継続的に出来る体制を維持していく。)
布教活動出来る環境つくり。
(色々な価値観があるが、檀徒参加による行事(布教)を継続していく。)
自分の事について。
(協力して頂ける方がある間は、現状維持の生活をしていく。)
保福院 深沢宗仁


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